reward?



「離せ!グレイ!」

「お断りします。」

「はーなーせー!」

「いい加減に諦めて下さい!」

いい歳した大の男二人の間を行ったり来たりする薬瓶。

クローバーの塔に成り行き上滞在することになって以来すっかり見慣れた光景・・・・のはずのそれにアリスは呆然と魅入っていた。

いつもの通りの光景であるなら、ここはアリスがナイトメア曰く氷のような眼差しで呆れたようなため息をついて「いい加減にしなさいよ」と切って捨てる場面だ。

が、しかし、今日の彼女は呆然とナイトメアとその腹心、グレイの間で薬瓶が行ったり来たりしている光景を見守るばかり。

というのも・・・・。

「だから!飲むと言ってるんだぞ!?何が不満なんだ!」

何度目かの繰り返しの後、薬瓶をグレイに奪われたナイトメアががーっと叫んだ。

そう。

そうなのだ。

常であれば薬、病院、治療の類の物は何もかも全力で逃走するナイトメアが今日は薬を飲むと言い張っているのだ。

そしてそんな事を言われたら涙を流して喜びそうなグレイの方が。

「いいえ!絶対に飲ませません!!」

薬瓶を生命線のようにがっちりと握って宣言する。

(・・・・ありえないわ・・・・)

そう、まったくもってあり得ない光景だった。

薬を飲むと言い張るナイトメアと絶対飲ませないと奪うグレイ。

幸いな事にこの3人しかこの場に居ないお陰で呆然としているのがアリスだけですんでいるが、これが部下達の前だったならクローバーの塔が上へ下への大騒ぎだろう。

(あり得ない・・・・しかも原因があんな理由だなんて・・・・)

はあ、とため息をついてアリスはこの状況の原因を回想した。















―― そもそもは2時間帯ぐらい前の事だったと思う。

相も変わらず吐血→寝込む→仕事を溜める→吐血・・・・の無限連鎖を繰り返しているナイトメアを、グレイトアリスで何とか執務室に引きずり出して仕事をさせていた時の事。

「まったく、こんなに溜めずに少しずつこなしていけばいいのに。」

机の上に山積みになった書類を見て呆れたように呟いたアリスをナイトメアは眼帯で隠れていない方の目で恨みがましく見上げる。

「しかたないじゃないか。君の恋人が鬼のように仕事をもってくるんだからな。」

「こっ!?」

言われ慣れない台詞にぎょっとして赤くなってしまうアリスの横で「恋人」と称されたグレイの方は顔色も変えずに言った。

「別に俺が仕事を作っているわけではなく、仕事は次から次に際限なくあるんです。貴方が処理して下さらないだけで。」

いつものように半分諦め、半分お説教口調でそう言うグレイをアリスはちらっと盗み見る。

(気になったりしないのかしら、恋人なんて・・・・)

ナイトメアがからかうつもりで言ったことはわかっているのだが、最近名実ともに恋人と呼べる関係になっただけに無反応なグレイの様子が少し気になってしまう。

「大丈夫だよ、アリス。」

「え?」

「この男、顔に出ていないだけでかなり浮かれているからな。まったく思考が垂れ流しだぞ、グレイ。」

「え・・・・え?」

驚いてアリスがナイトメアを、続いてグレイをを見上げるとちょうど目があった。

そして目があったグレイは、少しだけバツが悪そうに笑って見せた。

(うそ・・・・)

それは要するにナイトメアの言葉に対する肯定で。

フワフワと甘い感覚が胸の内に広がるのを感じてアリスも思わず微笑んでしまう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・面白くない。」

「は?」

「え?」

「面白くない!面白くない!面白くないぞー!お前達ときたら人を仕事漬けにしておいて、目の前でポワポワぽわぽわ花まき散らして!!」

ぶすくれた顔でギャーギャー叫びだしたナイトメアにグレイとアリスは顔を見合わせて、今度はあからさまにため息をついた。

「な、なんだ!二人して!!私はエライんだぞ!仲間はずれにするんじゃない!!」

「・・・・仲間はずれって、貴方ねえ。」

「そうですよ。そんなことで拗ねていないで仕事して下さい。」

「うう、ひどい・・・・ひど・・・・・・・・・・・ゴッ」

「「ゴッ・・・・?」」

「ゴホッゲホッゲホッガッガハッッッッ!!!」

「きゃーーーー!?」

「ナイトメア様!?」

シクシクと落ち込んだかと思った途端に猛烈に咳き込むナイトメアにグレイもアリスもぎょっとする。

ちなみにぎょっとして直後に机の上の書類をはじき飛ばすように吐血から守った二人のスピードはもはや神業の域だ。

「ゲホッ・・・・ふ、二人とも・・ひど・・・・ゴホッ!」

「ふう、今回は書類をダメにしなかったわね。」

「ああ。君も良い動きをするようになったな、アリス。」

「ありがとう。」

「ゴホ・・・ゴホッ・・・・ゲホ・・・・・・・・・・」

「ちょっとナイトメア、どこから出したの。その毛布。」

アリスとグレイがお互いの健闘をたたえ合っている横で何時のまにやら字の通り毛布で蓑虫と化しているナイトメアをアリスは呆れて見下ろした。

「うう・・・・お前達・・・・・・酷すぎる・・・・・・」

「酷すぎるって、毎回毎回懲りずに吐血する貴方が悪いんじゃない。」

「そうですよ。ああ、そうだ。次に吐血したらこの薬を飲ませろと病院の先生に言われていました。」

悲しそうに呟いてみてもまったくもって腹心の二人は動じず、それどころかグレイがロングコートの下から取り出した薬瓶にナイトメアはぎょっとした。

「い、いやだ!薬なんて飲まないからな!!」

「飲んで下さい。いや、飲んでもらいますからね。」

「いーやーだー!!」

完全にいつもの攻防にはいった二人を見ながらアリスは小さくため息をついた。

(こなると暫くは蚊帳の外なのよね。)

1時間帯ぐらいですむといいけど、と呑気にそんな事を考えていた時だった。

「わかった。ものすごーく嫌だがその薬飲んでやらないこともない。」

「!?」

嫌だ嫌だの一点張りだったナイトメアの言葉にグレイがはっと目を輝かせ、アリスも驚いて彼を見てしまう。

その注目が嬉しかったのか勝ち誇ったようににんまりと笑ってナイトメアは言った。

「ただし条件がある。」

「条件?」

「アリスがキスしてくれるなら飲んでもいい。」

爆弾発言。

まさにナイトメアはそのつもりだった。

言った瞬間、アリスは怒った顔で「そんなことできるわけないでしょ!グレイがいるのに・・・・」的な事を言ってグレイがきゅんっとなって・・・・・・・・・・・とはならなかった。

何故ならきょとんっとした顔でアリスが言ったからだ。

「いいわよ?」

「「は!?」」

まったく予想外の答えにぎょっとしたように振り返るナイトメアとグレイの勢いにアリスは少し驚いたように目をしばたかせる。

「え?そんな事でいいなら・・・・」

「待て待てアリス。君には恋人というものがあるんだろう?」

今度はからかいではなく諭すような口調で言われてアリスは苦笑した。

「あのね、さすがに唇にキスはできないけど。」

「あ・・・・ああ、そういうことか。」

苦手な物を食べられた時や苦い薬を飲んだ時にお母さんが子どもにしてあげるような、頬や瞼や額へのご褒美のキス。

そんなイメージをアリスの思考から読み取ってナイトメアは納得したように頷いた。

まあ、少し子ども扱いされている気もしないでもないが、それも悪くはない気がして。

「本当にしてくれるな?約束だぞ?」

「ちゃんと薬を飲めたらね。」

「わかった。よし、グレイ。薬と水・・・・・グレイ?」

その時になってナイトメアは気が付いた。

グレイから殺気に近い不穏な空気が放出されていることに。

そして。

「・・・・・飲ませません。」

「は?」

「え?」

「ナイトメア様といえど、この薬はお渡し出来ませんっっ!!」















・・・・というわけで冒頭の希有過ぎる光景に繋がるわけである。

「はあ・・・・」

何度目かになるため息をアリスが零した所でふっと外から差し込んでいた陽ざしが夜の闇にすり替わった。

3時間帯めの攻防へと突入していることにも気が付いていないグレイとナイトメアを見ながらアリスは不意にくすりと笑った。

アリスはずっとグレイの事を大人だと思っていた。

アリスの八つ当たりを受けとめてくれて、我が儘も許してくれて、甘やかしてくれる、そんな大人なんだと。

それなのに。

「いい加減にそれを渡せ!いいだろー?別に頬や額へのキスぐらい!」

「絶対に断固としてお断りします!アリスのキスは俺のです!」

(・・・・・・・・・・・・・・・・もう)

どさくさ紛れにかなり恥ずかしい事を叫んでいるグレイの発言を拾うたび、心臓がきゅうっと鳴く。

(別にグレイへのキスとナイトメアへのキスじゃ全然意味が違うのに。)

例えば頬や額ではなく唇にしたとしても、グレイとナイトメアではまるで違うはずだ。

それぐらい「大人」で恋人になったグレイならわかると思ったから、ナイトメアの爆弾発言(?)の時にあっさり頷いたのに。

「ケチだ!お前は絶対ケチだ!ケチケチケチケチーーーー!」

「ケチで結構です。上等じゃないですか。アリスに関してはケチ大歓迎です!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・何を力説してるのよ・・・・・・・・・・・・・・・・」

まるっきり大人げないナイトメアと、さりげなく大人げないグレイの会話にアリスの方が赤面したくなる。

これがクローバーの塔の主とその腹心の会話とは。

しかも内容が腹心の年下の恋人のキスを賭けての攻防戦。

(呆れるべきかしら。それとも怒るべき?)

窘めるべきは多分グレイの方。

なんたって中身は完全に子どもに近いナイトメアが無害なキス一つで苦手な薬を飲もうというのだから。

きちんと諭して、後でお詫びにキスをして・・・・大人なグレイならそうできるかもしれない。

でも。

(もうちょっと、いいかしら。)

大人なグレイに恋をしたけれど・・・・こんな風にちょっと子どもっぽく独占欲丸出しにしてくれるなんて嬉しくなってしまうから。

「もうちょっとだけ、ね。」

ぎゃあぎゃあと相変わらず薬瓶を挟んだ攻防をしているグレイとナイトメアを横目に、アリスはにやけそうになる頬を隠してこっそり呟いたのだった。
















―― ちなみにナイトメアが騒ぎすぎて二度目の吐血で沈むまでこの攻防戦は続いたのだった。






















                                                 〜 終 〜




















― あとがき ―
グレイ&ナイトメア&アリスの掛け合いを書くのが面白くて思わず本題を忘れそうになりました。